最強力士伝説 雷電爲右エ門 1
最強力士伝説 雷電爲右エ門 1
相撲通に「最強の力士は誰ですか?」と尋ねると、多くの人が挙げるであろう力士が雷電爲右エ門です。
雷電爲右エ門(らいでん ためえもん、1767年〜1825年4月9日)は、信濃国生まれの江戸時代の大関です。通算で喫した黒星はわずかに10で、9割6分2厘という脅威の勝率で、史上最強力士に推す意見も多い力士でありながら横綱免許は受けませんでした。しかし、富岡八幡宮の横綱力士碑に「無類力士」として顕彰されており、横綱と同列に扱われています。幼名を太郎吉(樽吉)といい、少年期から体が大きく、怪力にまつわるさまざまな伝説が残っています。やがて相撲好きな隣村の庄屋であった上原源五右衛門の目にとまり、彼のもとで相撲を習っていたそうです。天明4年(1784年)9月、地元に巡業に来ていた江戸相撲の浦風林右衛門が彼を目にとめ、ともに江戸へのぼりました。江戸では当時の第一人者谷風梶之助の預り弟子となり、初土俵までの6年を過ごしました。この間、将来有望であるとして、出雲国松江藩松平家のお抱え力士となっています。当時、初土俵前から士分に抱え上げられるというのは異例だったそうです。「雷電」という四股名はもともと巨人力士釈迦ヶ嶽雲右エ門の看板大関の下で実力関脇をつとめ、晩年には松江藩相撲頭取に任ぜられた雷電爲五郎のように雲州ゆかりのものであったようです。
私は相撲が大好きで、格闘技としてK-1やPRIDEと同じように相撲には盛り上がってほしいと願って、相撲の話題を取り上げてみました。雷電がきっかけとなって、少しでも相撲に興味を持つ人が増えてくれたらいいなぁと思います。






