最強力士伝説 雷電爲右エ門 5
最強力士伝説 雷電爲右エ門 5
圧倒的な強さを誇りながら、なぜ雷電は横綱にはなれなかったのか。これは相撲史上最大のミステリのひとつです。
一般に広く知られている説としては、当時は横綱が大関の中でも秀でた存在という認識がなかったためというものがあります。しかし、すでに横綱免許を受けた小野川を相手に互角以上に渡り合っていたということから、これは疑問視されています。庶民の間に伝わる講談などでは、遺恨相撲で相手を死亡させてしまったためなどとされていますが、当時の星取表からすると、これはまったくの創作だそうです。酷いものとしては、容姿が醜く、谷風や小野川に比べると人気が劣っていたためではないかという意見まであります。しかし、現在に残る錦絵などを見てみると、それほど醜いということもないことからこれも否定的に見られています。個人的にはこれではないかと思うのが、当時の力士は藩のお抱えであった為、藩の持つ力によって昇進が左右されることもあり、雷電もその例外ではなかったという説です。「雷電日記」の記述の中に、出雲大社での土俵入りというものがあることから、相撲史研究家の小島貞二氏はその著書「力士雷電」の中で、出雲大社から横綱免許を受けその本殿で生涯一度だけの横綱土俵入りを行った姿を描いていますが、これはあくまで推測であり、仮説としてはやや強引に過ぎるとされているようです。
結局、なぜ雷電が横綱になれなかったのかという謎ははっきりとわかってはいないようです。しかし、もし雷電が横綱であったとしたら、庶民の人気が少し落ちていたかもしれませんね。強すぎる横綱は、嫌われるということは、現在でもありえることです。それよりも、横綱になれない強すぎる大関の方が、庶民からは同情を込めて支持されそうです。もしかすると、雷電の人気を借りて、相撲人気をより高めるために、わざと雷電を横綱にしなかったという、興行側の思惑があったのかもしれませんね。
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